幕間のメモ帳

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2010年 01月 11日

日本の近代戯曲研修セミナー開催

9日(土)日本演出者協会主催「日本の近代戯曲研修セミナー」於:芸能花伝舎

 リーディング1「和泉屋染物店」作:木下杢太郎 演出:ふじたあさや 
        出演:小竹伊津子 伊余田笑子 松村佐世子 宇夫方路 瓜生正美 
        中西和久 高山正樹 流山児祥 三味線:宮越圭子
 リーディング2「釣堀にて」作:久保田万太郎 演出:中村哮夫 
        出演:伊藤克 佐川和正 一柳みる 名越志保 戌井市郎 宮田慶子
 シンポジウム「近代戯曲を読むということ」
        パネラー:戌井市郎 瓜生正美 中村哮夫 ふじたあさや 宮田慶子 
        山泉進 流山児祥 進行:佐々木治己
 

このセミナー開催には、個人的ないきさつがありまして、感慨ひとしおでした。
というのも、この企画はもともと、わが師観世榮夫の発案でした。2006年冬、手術で入院している先生のお見舞いに行った際、この企画の具体的なアイデアを話されるのをメモしました。真意は測りかねるものの、病床に伏したまま必死に話される先生を見て、これは実現しなければならないと痛切に感じ、ヒデオゼミの仲間や能楽プロデューサーの荻原達子氏などとこつこつ話を温め、やがて話が発展し、日本演出者協会が主催し、早稲田大学の演劇博物館も協力してくれる事になって、いよいよ2007年に始まる予定でしたが、始動する直前に荻原達子氏と榮夫師の急逝により、頓挫しました。それが、この日にようやく陽の目をみたのです。

わが師が、近代戯曲の見直しに晩年とてもこだわっていたことの真意は、今となっては確かめようもありませんが、閉塞感の増す現代社会、その中で生れる現代演劇は如何にあるべきか、大きなヒントが隠されていそうです。先生は、大きな課題を残していってくださったのだと思います。

シンポジウムの中で、とても示唆にとんだ発言がありました。

「近代劇として現在も上演されているものは舞台言語=独特の文体をもっている」例えばそれは泉鏡花であり、久保田万太郎であり、岸田国士であり、また、現代劇においても、別役実などがそこに含まれるのだと思いますが、文体を持つ、つまり意味を伝達するだけにとどまらず、選ばれ吟味されつくした言葉には生命力があるということでしょう。明治期の劇作家で今も上演され関心を維持しているのは、主に詩歌にも活躍の場がある人、つまり、言葉を磨くという事も課題としていた作家とうことでしょうか。

また、リーディング稽古中に現在使われていない言い回しを改変してもいいのかという問題も生れたそうですが、実際に現在の自分にとって言い易い日常語に語尾などを直してみると、体への摩擦がなくなり、逆に違和感が生じてしまう、書かれた文体の通りだと、身体が刺激を受けて別世界へ誘ってくれるようだったという報告もありました。
それは、遊戯空間でもこだわり続けている課題で、例えば現代詩の公演などでは、俳優の身体をどう劇的に非日常へシフトしていくか、ということにおいて、できるだけ作家の作った言葉、文体にこだわりそこから呼吸、感覚などを探っていく、ということ作業に繋がります。

古典劇・近代劇へのアプローチは、まだまだ始まったばかりです。これからの展開が楽しみです。
因みに日本演出者協会の近代戯曲研修セミナーの次回の開催は3月上旬です。
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by yugikukan | 2010-01-11 00:00 | 日記


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