幕間のメモ帳

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2010年 02月 05日

修善寺ひとり旅

2月4日(木)次回の演出作品、泉鏡花の『山吹』の取材のため、伊豆修善寺へ。

新宿から小田急線急行に乗り、小田原まで、小田原から東海道線で、三島まで、三島から伊豆箱根鉄道で、修善寺まで、有料急行には乗らないリーズナブルな行程を選んだ。
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修善寺駅から修善寺温泉までは、バスで10分。およそ2キロということので、これは歩く。
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駅そばの書店で、ご当地物の本を発見、購入する。岡本綺堂の修禅寺物語の戯曲と同名の小説、それから、修善寺の紀行文も載っている。
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いよいよ修禅寺温泉に到着。
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伊豆地方はわさびで有名だが、椎茸もこのあたりは名産らしい。
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そして、いたる所に「十割そば」の看板。
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だが・・・。そんななかにこの看板!
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「ふつうのそばや」!十割そばに対抗した根性の一品か!!ぜひ頂いてみたかったのだが、あいにく本日定休日。ああ残念。だが食べる事ができなくてもエールを送りたい。がんばれ「ふつうのそばや」!
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修善寺温泉のそばを流れる川は桂川、他にもいろいろ京都の地名があります。「伊豆の小京都」と呼ばれているそうです。
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807年に弘法大師のひらいた修禅寺。温泉は修善寺で、このお寺は修禅寺。「ぜん」の一文字が違います。
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ここに源頼朝の長男で、父の急死後、十八歳で二代目将軍になった義家が、政争に巻き込まれ、幽閉されたという。その後、入浴中に暗殺されたが、それには、尼将軍といわれた母親北条政子も関っていたらしい。あなおそろしや!
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だが、政子は、亡き息子を弔うために指月殿を建立するといったとても複雑な女性。(その話は、遊戯空間の天守物語を手伝ってくれた朧太夫の今申楽朧座で、早野ゆかり主演で、ここで上演されている。)

また頼朝に、あらぬ疑いをかけられ自害に追いやられた頼朝の弟範頼の墓もある。
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修善寺は源氏にとってゆかりのある土地なのです。

昭和五年に丘球学(修禅寺三十八世)が、四国八十八ケ所霊場の土を修禅寺の桂谷(けいこく)八十八ケ所に移し、桂谷八十八ヶ所としました。そのためこのあたりにはいたる所にこのようなものがあります。
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修禅寺からおよそ5キロの軽い上り坂、歩く事約一時間で、奥の院。その昔、弘法様が立てこもって修行をしたそうです。毎年4月20日、21日に弘法様のお祭りがあり、修禅寺から御輿が、奥の院に移される「上り」。次の日に奥の院から修禅寺に御輿が戻る「下り」という行事があるそうです。
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11時半頃に修善寺駅についてから、歩き通しで約5時間。疲れた体を温泉で癒します。う~ん最高!
ここは『筥湯』(はこゆ)といって、その昔、あの義家が入浴していて暗殺されたという伝説の温泉だそうです。檜造りで入浴料350円なり!
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修禅寺温泉、修禅寺と弘法大師、そして、悲劇の源氏の武将達。泉鏡花が『山吹』のなかに練りこんだエッセンスを感じ取る事ができた貴重な日帰り旅行でした。
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by yugikukan | 2010-02-05 03:38 | 日記


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