幕間のメモ帳

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2008年 10月 05日

私たちの立ち位置

「天守物語」は、
終戦後の1951年の新派公演、花柳章太郎、水谷八重子主演、伊藤道郎演出(千田是也との共同演出)からはじまって、
55年、岡倉史郎演出、中村歌右衛門主演の歌舞伎、
60年は、宝塚歌劇団、
74年は、戌井市郎演出、杉村春子主演の文学座、
76年は、新劇と能役者による観世栄夫演出、観世静夫、吉田日出子主演、
77年、坂東玉三郎主演、増見利清演出、
83年には、辻村ジュサブロウの人形劇、
83年は、日本オペラ協会によるオペラ公演、
89年は、後藤加代主演、渡辺守章演出、
96年、宮城聰演出、ク・ナウカ公演など、あらゆる舞台の表現ジャンルで舞台化されている。

そんな生命力を持った戯曲を他に知らない。

ここに挙げたのは、各ジャンルの初演の公演で、再演や規模の小さなものを含めたら、もうどれくらいあるのか想像がつかない。

この戯曲には、作り手にとって、表現の様式の可能性を広げる限りない魅力があるのだろう。

ところで、日本の演劇界は、世界の演劇界とはやや異なった特殊な状況におかれていることは、ここ数十年、さまざまな場所で問われてきた。

それは、伝統との断絶という問題だ。

イギリス、フランス、ドイツなど、歴史のある演劇を有している国の俳優は、伝統芸能専門の役者と現代劇専門の役者に分業していることはあまりない。イギリスの役者は、シェイクスピアの韻を踏んだセリフを朗々と語りもするし、不条理のベケットもやる。シェイクスピアしかやりません、というのはない。フランスにおいてもラシーヌ専門役者などという言い方はしないのだろう。

ところが日本では、その垣根が最近では低くなってきつつはあるものの、その役割分担は以前として残っている。もちろん、歌舞伎や能狂言は世襲制が中心だから、我々がそこに加わるのは、とても難しい。ただ、現在の若い世代の演劇人にその断絶の意識がどこまで残っているのかは不明だ。

「子午線の祀り」の作家木下順二先生はこんなことを言った。
「様々なジャンルの演劇人を一堂に集めお互いにその方法を盗みあい高めていき、演劇の世界にできている垣根を壊し、一つの大きな世界を築いていくこと。」
能狂言、歌舞伎、浪曲、新劇、さまざまなジャンルの俳優が集まり、共同作業をし、初演から30年過ぎようというこの公演。前回の04年の公演では、小劇場、アングラの世界からも多数出演し、その可能性をさらに広げていたと思う。

日本では歴史上、明治維新と、太平洋戦争の敗戦後の米国の占領政策の二度にわたって、伝統的な文化の破壊がなされ、歴史が分断されてしまった。

日本の土壌に生える文化の木は引き抜かれ、西欧の新たな接木が日本の土壌に植えられた。

科学の進歩による近代化の波も、そのような状況を加速させている。

そして、その問題は、芸能に限らず、日常生活にも現れている。

かつて木と紙の文化によって自然との共存を果たし、四季折々のなかで育まれていた日本人独特の感性は、コンクリートの街並み、インターネットの電子メールからは望むべくもない。

畳に正座をしない、きゅうすでお茶を飲まない、筆で手紙を書かない・・・。

そうした状況の変化は、加速の一途をたどっている。

現代、環境だけではなく、心もじわじわ破壊されているのではないだろうか。

インターネットを使えば一瞬のうちに世界中に声が届くようになった。

しかし、隣に住む人間がいったい誰なのかますますわかりにくくなって、肉声を交す相手を失った孤独感がトラックを暴走させてアキバのホコテンに突っ込んでいく現代。

遊戯空間の「天守物語」はそれらの状況を見据えた、文化的根っこを失った現在の私たちが、身体の中にかすかに残る日本の文化的な記憶を手がかりに、痩せて貧弱な裸をさらしながら、つくりあげるものになるだろう。

それが私たちの立ち位置かもしれない。
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      小村雪岱画 「日本橋」

歴史の分断の問題は、お隣、朝鮮半島において、我々にも関るまた別の問題がある。それについて、場所を改めたい。
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by yugikukan | 2008-10-05 13:46 | 演劇 


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