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幕間のメモ帳

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2011年 06月 21日

船の墓場

海を颯爽と渡っていく姿はどんなに勇ましかったろう。

今の姿は悲しい。

彼らは水の上にしか生きることはできないのに、どうして。

死んでしまった船があちらにもこちらにも。

老い朽ちたのではない。

水にしか生きていけない彼らは海に裏切られたのだ。

残酷な仕打ちに船たちは、なぜだと問い続けている、みじめな姿をさらしたままで。

海よ、残酷な海よ、あなたはなぜ、私たちを捨てた。

気まぐれな海は何もなかったかのように、穏やかな表情で静かに波を打ち寄せている。
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# by yugikukan | 2011-06-21 06:08 | 日記
2011年 06月 20日

かさぶたは渇いてきたけれど 再び南相馬市へ

19日、日曜日。東京は前夜の雨で道が濡れているが、早朝になって晴れ出す。

この日は、高速道路の料金、上限1000円が終わる日。

「つぶやきと叫び」の出演者と共に、南相馬へ再び繰り出す。

車二台で出発。

中嶋義広さんのワゴン車とレンタカーの10人乗りワゴン車。

中嶋号には、柘植、増山、藤田、岡本と個性あふれる男優が5人が乗車、レンタカーには男性が4人、佐々木、篠本、緒沢、それにドライバーをかってでてくれた秋本泰英さん、女性が5人、千賀、横尾、古田、加藤、川居、の合計9人が乗車した。

それぞれ別の待ち合わせ場所から出発。

東北自動車道、蓮田サービスエリアで7時15分に待ち合わせる。

時間ぎりぎりだったレンタカー組に対して、中嶋号は余裕の到着。

そこからは北へ、二台が連なっていく。


蓮田から約3時間、福島西ICで一般道へ降りて、国道144号線から川俣で県道12号線に入る。

県道12号は、避難区域、飯舘村を回避したルートだ。

一般道を走っていると、一か月前に来たときよりも、さらに人の気配がないことがわかった。

無人の村の無言の怖さ、避難が拡大している。


山間を一時間ほど走り、南相馬原ノ町に到着。

かつて僕の生徒だった井出百合子のダイニングバー「キャンディキャンディ」で一休み。

そこに福島民報、福島民友の記者が取材に訪れ、一同南相馬の海岸へ。


津波にのみこまれた海岸線。

かつては防風林が茂っていて、海岸は見通せなかったと、民友の記者さんに教えてもらった。
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そこでお話をした後、記者両名とは別れ、二台の車は鹿島へ。

そこは前回にも訪れたところ。

海岸には港があったので残骸になった船がたくさん放置されている。一か月たった今も状況は変わっていない。
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鹿島にある小学校にも立ち寄った。

泥に汚れた水線が黒板に悲しいラインを引いている。

沈黙する校舎では、子供たちの声の木霊が、笑い声ではなく、叫び声になって聞こえてくるようだった。

     
  青空教室は崩壊した!(和合亮一「バンザイ、バンザイ、バンザイ」)


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国道6号線沿いのラーメン屋さんで昼食を済ませ、松川浦へ、壊滅状態の湾岸の旅館に時々人が働いている。小さな復旧への営みが毎日繰り返されているのだ。
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相馬港では、大きな建物がズボンを脱がされ海から来る風に身震いしているようだった。
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海にのまれた新地駅、住宅街の痛々しさがまだ残る亘理町を経て、陽が傾きかけた頃、仙台に近い名取へ。まさに壊滅状態。あの頃からはずいぶん片付いているだろうに、いまだにその傷痕は痛々しい。

小高い丘の上、慰霊碑のある日和山で、線香を手向ける。
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地震と津波は、大地を切り裂き大きな傷痕を残していった。

震災から二か月後、稽古開始前にひとりで南相馬に行ったときは、その傷痕に、かさぶたができてはいたものの、無理やり剥がせば、血が噴き出てきそうな気配があった。

そして震災から三か月、気候のせいもあるのだろう、あのジクジクしたかさぶたはずいぶん乾いているようだった。

しかしそれは大地が快癒しているのではない。

栄養が与えられず、カサカサになって死にそうな皮膚なのだ、衰弱している大地だ。
放射能という間違った薬を処方されたところでは、傷はかえって悪化している。


海江田万里経済産業相が電力各社の安全対策は「適切」とし、原発再稼働の意向を表明した・・・


和合さんのつぶやいた「詩の礫」を、遊戯空間は演劇にする。

「詩×劇 つぶやきと叫びー深い森の谷の底で」

これが、今私たちにできることだ。

被災した詩人のつぶやきを、演劇人は叫びとすることができるのか。


演劇人よ、事態の把握にとらわれて、震災を観念化してはいけない。

演劇は、行動だ。

身体の運動にこそ、意味がある。


自らの眼で見れば、そのことが実感できるはずだ。

今こそ東北へ向かえ、演劇人よ。
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# by yugikukan | 2011-06-20 11:18 | 日記
2011年 06月 18日

和合さんの詩についてちょっと

【今週の観劇作品】

6月14日(火)ストアハウスカンパニー公演『縄―ROPE-』作・演出:木村真悟 於:上野ストアハウス 

6月16日(木)東演パラータ自主企画公演『花いちもんめ』作:宮本研、演出:手塚敏夫、出演:尾崎節子、於:東演パラータ
 


和合さんの詩に数字の「2」を感じることがある。

演出をしていて、どうやって動きをつけていくか考えるときに、「2」というものを手掛かりにすると、答えが見つかることが多いのだ。


今回の公演でも、「詩の礫」の間に挿入した、横尾佳代子さんと早野ゆかりさんが演じる「OCEAN」という詩は、「2」という数字が、如何に和合さんの詩に親和性を持っているかを顕著に表している。


そもそも「和合」という名前、この言葉の意味するところは、「男女の交わり」、「親交をもつこと」などである。さらに「亮一」、「りょういち」という音には、「りょう・いち」、つまり、「1+1」が暗示されているかもしれない。


2006年の「詩×劇」公演で初期の作品「熱帯魚」を振付けた。

「叫ぶように怒鳴るように何百も爽やかな風が吹いてきた
 叫ぶように怒鳴るように何百も爽やかな風が吹いてきた」

この印象的なフレーズの2度の繰り返しから始まる詩は、次に

「派手な色合いの何億もの波打ち際が飛び込む
 窓のない家で 仲良く遊ぶ二人の子供」

さらに

「壁には熱帯魚の明るい腹が光り
 台所の何億もの丸椅子には激しい入道雲が倒れこみ
 二本の水平線にいつも脅えているかのように
 何億本もの紐を結ばないまま玄関の靴は崩壊する」

さらに

「木目を乱したまま少しも輝かずに二人の背骨に倒れてゆくそれぞれの廊下や
 波が近づくたびに熱く震えている何億ものそれぞれの敷居や
 かつて確かに窓があったそれぞれの壁に
 何億もの海は倒れこむ」

さらに

「二人の誕生の日に
 窓は消滅しはっきりと残されたのは
 二枚のピンナップが貼られた壁」

その後、ショートフレーズの繰り返しの中で

「二個の画鋲」「二杯の野菜のスウプ」「熟れた二つの桃の種」「二つの椅子」「二つの夢」「二匹の鳩」・・・・



この「2」の繰り返しは、この「熱帯魚」において顕著だが、長編千行詩「入道雲」にも「2」は繰り返し綴られている。

だが、ここで繰り返されるのは「2」は「1/2」の「2」

たとえば、

「この宇宙の分母と分子 どちらが僕なのか」

「フライフィッシングに夢中のきみ 頭の半分がここに沈む」

「きみは今も頭が半分の子供」

「僕の窓は半分だけ消えてしまった」

「きみは、やがて、あの道の向こうのどちらかの、二軒めの家の、どちらかで暮らすことを夢想する」


「2」「1/2」、さらに和合さんの詩には「0」つまり「無人」、というフレーズもよくあらわれる。


「詩の礫」でも被災した故郷の風景を、何度も「無人」という言葉を使って描いているが、もともと和合さんの詩行には「無人」という言葉が散見されていた。


初期の代表作「COME」では

「午後の夜明けの柔らかなドライブ、無人は進むの、濡れたオウムの渇いた喉ッ!」

「きみの無人の妹がワラビを茹で始めるの」

「濡れたオウムが、叫ぶ無人なの、」

「無人は鯉の解剖をし始める頃だな。」

「口紅の川 濡れながら黒く移動する 無人の夜明け」

「紙の雨、徹底的に、無人で、あり続ける、紙の雨ッ」

などが見受けられる。


これらの数字が意味することとは何であろう。

先に触れた長編千行詩「入道雲」が「AFTER」「BIRTHDAY」とタイトルを変えて発表されていることもヒントになる。

「誕生日(1968年8月18日)」「死後の世界」「半分だけの僕」「冥王星に住む君」・・・
和合さんの世界を形作っている世界観がそれらの言葉を生み出している。

もうここではこれ以上の説明は控えることにしておく。


私は幼い頃、兄弟のように遊んでいた従兄がいた。
彼は小学校を卒業することなく、突然逝ってしまった。

小児ぜんそうだったと思う。

彼の葬儀の風景はいまだに鮮烈に覚えている。

だが、不思議にというか当然かもしれないが、そのとき僕には悲しいという感情はなかった。
悲しいという感情にはいたらない、何かもっと透明感のある印象、・・・

と同時にそれからもあまり悲しくなかったのは、僕の心の中にはいつも彼がいて、彼と心の中で対話することができたからかもしれない。子供にはそういった能力が備わっている。

だから死の世界は、子供の僕にとって、親に内緒で遊びに行った護国寺の墓地、その隣りの豊島御陵などと同じような近くて遠い場所だった。

子供にとって「死」はまだ生活感のない観念に過ぎない。

和合さんの描く世界は、死の世界に隣接している。
私が和合さんの詩に惹かれていたのは、鮮烈な詩行の奥にあるそういった純粋な世界観だったかもしれない。


そして現在、震災後に書き始めた「詩の礫」「詩ノ黙礼」である。

これらで和合さんは、現世を共に生きる者へ強烈なメッセージを発している。

かつての彼岸へのはしごをはずし、和合さんは地上に降りてきた。

翼を捨てて地上で声を発している和合さん。

「詩の礫」を読んでショックだったのは、和合さんの言葉が天上のそれではなく、地上のそれであったこと、そして、その言葉に感動したのだ。


今、私の中に二人の和合さんがいる。今までの和合さんと現在の和合さん。
この二人の和合さんの言葉に私は耳を傾けながら稽古場に通っている。

# by yugikukan | 2011-06-18 11:34 | 日記
2011年 06月 17日

和合さん著作三冊同時発売の日

昨日は夕方から雨。今まではこの季節、もっと雨が多かったような気がするが。
地盤沈下のある被災地では、恵みの「晴れ」かも。

稽古では台本の後半部分を大幅にカットする。

構造がはっきりしてきた。

さらなるカットを望む声も一部にあるにはあるが、演出者としては表現の充実をまず優先させたい。

同時に演出者は、観客のライブにおいて獲得できる声の分量、聴取に必要な神経集中の持続の限界など考慮しながら、カットするのかしないのか、そのラインを見定めなければならない。


和合さんの著作が三冊同時に書店に並ぶ。

この公演のテキストになっている「詩の礫」そして「詩ノ黙礼」「詩の邂逅」だ。


和合さんの読者の方々にぜひこの公演を観ていただきたいと思っている。

劇場は出会いの場だ。

ツイッターを読んでいるときに、同じ画面を見ている多くの人の気配は感じられても、顔、声、息遣いはわからない。

しかし、1万数千人いるであろう和合さんの言葉に共感した読者が、同じ場所で同じ時間に出会ったらどうなるか。

それは、とてつもない体験になるだろう。

今、この時代を生きていること、存在していること、やや大げさではあるが、そんな体験をもたらしてくれるのではないだろうか。

7月6日・7日の座・高円寺での公演は、舞台上でくり広げられるドラマのほかに、観客どうしが、そこにいること、そのこと自体がドラマになるような気がする。


劇場は、人が集う場所。

そこでは、人は詠い、躍りだす。

そして、からだに刻み込む、この時代を生きる喜びを、悲しみを。

和合さんの言葉を通じて、東北に黙礼してる多くの方に、演劇の可能性も感じてもらいたい。




今度の日曜日、出演者とともに南相馬に再び行ってまいります。

日帰りの旅。

そこでどれだけのことを感じることができるのか。

その体験を俳優は、演出家は、からだでしっかり受け止め、語り部とならなければいけない。

どうやってこの時代を明日へと繋げていくのか。

それは、いままでやってきた仕事が、この時代、意味のあるものなのかどうなのか、そういった問いかけでもある。

舞台空間で何をつくってきたのか、その真価がまさに問われる時代なのだろう。

今までの仕事は、もちろん繰り返されなければならない。

しかしそれと同時に、この事態を受け止めて、私自身の演劇がもっともっと鍛え上げられなければならない。

# by yugikukan | 2011-06-17 09:29 | 日記
2011年 06月 16日

やってまいりました

稽古も残るところ三週間。

いよいよゴールの気配がしないでもない今日この頃ですが、
演出家にとって恐れていたあの症状が出てしまいました。

口内炎。

ストレスが体をむしばんでいるようです。

でも、だからと言って、作品がダメ、稽古が進展していないというわけでもないのです。

いや、むしろ稽古場の熱は高まっています。

だからこそ、これからの演出の舵取りを誤ってはいけない、そういったプレッシャーもかかるわけです。

公演が終わると、けろりと治ってしまうんですがね。

ところで、今度の日曜日に出演者と南相馬に行きます。

私のとっては二度目の南相馬ですが、いったい風景はどのくらい変わっていることでしょう。

たぶんあまり変わってはいないのではないか。

そんな気がします。

# by yugikukan | 2011-06-16 03:19 | 日記
2011年 06月 14日

いよいよという感じ

今日の稽古は、俳優が今までで一番揃った日となった。

さらにスタッフも大勢参加、音楽の藤田佐知子さん、照明の佐々木真喜子さん、文藝部の荒井純さんらが顔をだしてくれた。

昼ごろには、他の公演間近く忙しいはずの瑞木君と喫茶店で打合せもした。

あわただしい一日であったが、遅ればせながら集まってきた俳優の一同に会した声々を聞くにつれ、このステージでの奥行きの深さ、個性の広がり、そしてドラマとして熱いものを予感できた日でもあった。演出として期待感が増した。身の引き締まる思い。

関係者の間では、ぜひこの公演を地方でも上演したい、そういった声も聞かれる。

主宰者としては、それを実現するためには大きな課題があるのだが、今回の企画はそれだけの内容を有しており、それを広げていくことは責任だろう。

ということで皆様、何か、伝手がありましたらご紹介ください。

日本列島どこへでも出かけます。よろしくお願いします。

# by yugikukan | 2011-06-14 00:18 | 日記
2011年 06月 13日

まだ明るいのに

周知のとおり、遊戯空間に限らず多くの演劇は、公演に出演しても経済的に潤うわけではないので、たいてい、役者や演出家はアルバイトをしなければなりません。

ところが、昼間にアルバイトをしていると、どうしてもそちらが本業で、演劇は趣味のように感じられてくるため、せめて気持ちだけはプロでいたい、と昼間に稽古し、夜は「食うために仕方ないから」などと意地を張ったりしながらアルバイトに行きます。

男女ともに20代、30代のうちはこれでもいいのですが、これが40代以上になると、稽古が終わってから深夜、あるいは稽古前の早朝にアルバイトというのは、体力的になかなか辛いわけです。

私ももう今年は50代に突入しますが、しばらく前から遊戯空間は、稽古は昼間から夜に変えました。

私だけではなく、参加メンバーのアルバイト事情もあるからです。

たとえば以前は、女優も稽古が終わると、夜の銀座、六本木に消えて行ったりしていましたが、さすがに、ある程度の年齢になると、そういった仕事は難しくなります。

男も深夜、早朝のアルバイトは辛いものです。

私も経験がありますが、軽作業であっても、深夜に仕事をしていると、昼間は頭に砂嵐が舞っているような、サーッという音がなりつづけ、いつもぼーっとしてしまいます。

寝不足、というのは本当に生きた心地がしません。

ですから最近の遊戯空間は、第二稽古場(酒場)に向かうのは、夜十時近くです。

そこから熱い議論が再び始まり、皆、終電車で帰宅していきます。

今日、久しぶりに稽古が昼間行われました。

理由は特にありません。

今日は日曜日なので、昼間でもアルバイトとの関わりがないということ、それから、今取り組んでいる詩×劇はなかなか集中力がいるために、あまり長時間稽古できないので。

参加している役者さんの疲れもたまってきました。

毎日代役をやってくれている役者さんは、声に疲れが出てきたようです。

感謝。

さて、激しさを増す稽古の後、稽古場を出るとまだ明るく、今日は第二稽古場への道のりがなんとなく後ろめたい。

「まだこんなに明るいのにいいのかい、酒など飲んで」と、心のどこかで天使がつぶやいています。

しかしながら、天使には「これも稽古の一部だ」といつもの理屈で説き伏せて、予定通り、第二稽古場へ足を運びました。

今日は、遊戯空間の常連メンバーで魚のおいしいお店へ。

そういえば、あの時からもう十年、などという話も出たりして。

まだ暮れきらない七時ごろ解散、一同帰路へ向かいました。

# by yugikukan | 2011-06-13 00:53 | 日記
2011年 06月 12日

詩×劇について思う

土曜日の稽古は、欠席者が多かったため、礫に挿入させる旧作の稽古に力を入れた。

旧作は四~五本使う予定(一本は入れるかどうか考慮中)。

言葉を自分の生理・感情だけで語らない、文体を生かしながらどうやって自分の感覚とすり合わせていけるか、ちょっとややこしい話だが、ここが問題だ。

普通の対話形式の演劇では、自分らしさというもの、これが個性と考えられていることが多く、これを軸にして演技を作っていく俳優が多い。

どうやって役を自分に近づけていくか、といった作業だ。映像の俳優はこれが多い。

しかし、役はあくまでも他者であり、自分ではない。

しかも、演じるのは自分。つまり、役作りとは、役という他者と自分との距離を自覚しながら、そのなかで、何かを見せていくことと考えられる。

たとえば能。

能面は役である。それをつける能役者が、役者。

小さな能面からはみ出した演者の輪郭はややもすると、いやほとんどの場合、その役のイメージとはかけ離れた印象を暴露する。

絶世の美女、小野小町の面にはみ出す、年老いた男性の輪郭。

これはどう見ても違和感を感じてしまう。

しかし能はそこを逆手に取った。

人間の想像力は、そこはないものを、見えないものを補完しようとする。

そこにはないという現象が、絶望的であればあるほど、想像力というものは逞しく、働き出す。

つまり、能役者があまりにも演じる役とかけ離れていたほうが、観客は想像力をより強く働かせるというわけだ。

詩×劇は、文体を自分の外側のものとしてとらえ、そこに書かれているリズム、感覚的世界、にまず身をゆだねることができるかどうかが、問題だ。

文体というものを身体に移す回路のない俳優は、いたずらに感情移入し、文体に負けてしまう。

しかし、文体との共存がはかれると、稽古場でも万人を説得するほどの輝かしい表現にたどり着くことができる。

今回もテキストと自らの身体との間で俳優がもがきながら、空間を生み出そうとしている。

期待している。


稽古後、八月に上演の「継志ー板橋で戦争を語り継ぐ」の打合せ。
こちらは来週上演台本第一稿完成予定。

企画が震災を挟んだため、なかなか難航したがようやく光りが見えてきた。

# by yugikukan | 2011-06-12 12:18 | 日記
2011年 06月 11日

中津川地歌舞伎共同企画の今年の演目

昨年に続き、日本演出者協会では、演劇camp in 中津川を開催する。

私はそのなかで、地元の文楽とのコラボレーション「絵本大功記」に参加した。

恵那文楽さんが一番ポピュラーな十段目を文楽で上演、私たちは浄瑠璃床本で、発端、一段目、二段目、そして、上演記録がほとんどない十三段目を、俳優の身体と声に頼ったシンプルな演出で上演した。普段は断片化されている「絵本大功記」が、一貫したドラマになり、その上演成果は大きい。

カーテンコールは、私たち現代劇に携わる者たちと恵那文楽さんの一同が会し、この上演の意味を象徴し壮観だった。

そして、私は東京から参加のチームで演出という大役を受け持ったが、概ね好評を得られたようで胸をなでおろした。


岐阜県中津川市は、木曽街道に程近く、山間の地域だが、いくつもの歌舞伎小屋があり、歌舞伎保存団体が盛んな活動をしているようだ。

そのなかでも大変お世話になったのが、中村津多七師匠。

地元の伝統芸能と私たちのパイプ役になっていただいただけではなく、ご本人も文楽の太夫をつとめられ見事だった。

上演翌日に行われた「体験セミナー」では歌舞伎の化粧、所作などを習った。


今年は震災の影響で企画会議が、難航していたようだが、ようやく今年の演目があがってきた。

なんと「仮名手本忠臣蔵」!

しかも、師匠の提案では全幕で、とのこと。

七段目一力茶屋の場が、松竹とは違った型があって、歌舞伎でやるとのこと。

それを軸にこちらの絡み具合がこれから決まっていく。

突然、もたらされたあまりにも重く、だがやりがいのある課題。

楽しみだ。



さて、「詩×劇」稽古は順調、ほかに本番があって、稽古途中参加のものが参加し始め、いよいよギアが入ってきた感じである。

ここからは、現場の体調管理も問題になりそうだ。ケガ、病気のないように稽古を進めたい。

# by yugikukan | 2011-06-11 07:59 | 日記
2011年 06月 10日

白熱してきた稽古

詩をテキストにした演劇創作には無限の可能性がある。

たとえばクラシック音楽をジャズ風にあるいはロック風に純日本風になんてことも可能だが、
今、私たちが取り組んでいる「詩×劇」にもそういった可能性がある。

演劇が演出家の時代となったといわれるのは、作家の書いた戯曲を演出家が時代に照らし合わせた読み直しをして戯曲の可能性を広げたことにある。

そしてテキストの読み直しを実行するためには、様々な状況に対応できる俳優の身体が必要だ。

また、その作業には、現場の信頼関係も不可欠だ。

どういった冒険をするのか、そこに参加者の協調が図れなければ、共同幻想は生まれない。

しかしそういったいくつかのカードがポジティブになっているとき、現場は非常に豊かな状態になる。


テキストの読み直しはなぜ必要なのだろう。

たとえば、シェイクスピアを上演するときに、戯曲すべてをノーカットで、しかも当時の風俗をできるだけ忠実に再現したとする。

その上演は観客に受け入れられるだろうか。

答えは否である。

もちろん、研究者にとっては意味のあることかもしれない。

しかし、演劇は同時代を生きる大衆に向けられたものだ。当時の風俗の再現はある程度の物珍しさはあるかもしれないが、それだけだ。

では、戯曲は同時代に書かれたものしか観客に届かないのだろうか。

これも答えは否である。

どんな時代の観客をも感動させるほどのドラマを内包している優れた戯曲はある。

ソフォクレス、シェイクスピア、チェーホフはもちろんのこと、日本にも世阿弥、近松、南北ら、現代でも上演され続けている戯曲=ドラマが多く存在する。

しかし、それらは時代の荒波を乗り越えるだけの本質的なドラマを持っていたからこそ生き残ってきたのだ。

だから、私たちはそれら上演しようとしたときに、現代では意味をなさなくなった部分は、取り除き、ドラマの核を浮かび上がらせなければならない。


さて、今回の詩×劇である。

これはもともと和合さんのつぶやき「詩の礫」がテキストとなっている。

震災という状況の中で日々生み出される和合さんの言葉には、多くの人を感動させ共感させるだけの響きを持っている。

それを私たちが演じるということは如何なることなのか。

和合さんならではの個的な要素を見極めて、テキストを普遍的なドラマに錬金しなければならない。

俳優が身体を使って観念を実体のあるものに変換しなければならない。

和合さんの痛みを、我々は身体と精神で請け負わなければならない。


稽古場は白熱してきた。

汗まみれの俳優が何人もいる。

身体で何かを掴もうともがいている。


演出者として手ごたえのある作業が続いている。

# by yugikukan | 2011-06-10 09:55 | 日記
2011年 06月 08日

一山乗り越えた稽古場

ラストシーンまでのデッサンが一応できた。

かなり立体的な展開になりそうだ。

一応演劇とは銘打っているが、はたしてこれはいったいどんな世界観なのだろう。リーディング、合唱、コンテンポラリーダンス? 

対話のある演劇的なスタイルをとっている瞬間もある。
なかなかジャンル分けのしずらい作品かもしれない。

出演しているのは役者と音楽家、台本は詩、そこでついた名が「詩×劇」である。
皆さんにぜひ公演を観ていただきたいと思う。


昨日、叔父さんの葬儀に行く。
(この頃、こういった話題が多いですね。)

震災で多くの方が亡くなった。それは傷ましいこと。
しかし、その間に二度も関わりの濃い方が亡くなった。
でもそれは震災とは関係ない。

人の一生を思う。

死はいつやってくるか、誰にも分からない、突然だ。

人は、いままでそこにいた人がいなくなるという喪失感に耐えられない。

しかし、今まで関わりのなかった方々の死は、ややもすると数字という記号での理解に留まってしまう自分がそこにいたりする。

他者の立場に立って、感情を共有すること、これには、ある種の経験が必要だ。
同種の経験をしているから自分はあの時こうだった、だからあの人もといった想像だ。

しかし全く経験のない未知の状況を共有することはできるのか。

これにはトレーニングが必要だ。

そのトレーニング、これが演技の勉強でもある。

他者の立場になり替わること、これは他者を演じること、演技に通ずる。


では、どうやって俳優は自分の体験していないことをあたかも体験したかのように演じることができるのか。

自分の中にある似たような体験を探し出し、その体験を想像力を使ってアレンジし、あたかも体験した可能な自己暗示にかけていく。

では、体験的にとらえることができない、言葉に出会った時にどうするか。

それを俳優が実感する手掛かりは何か。

それは、からだである。そして呼吸である。

特にからだの苦痛は、実感を導くのに有効だ。

苦痛という言葉に抵抗があれば、負荷と言い直してもいいかもしれない。


たとえば能のすり足である。

能役者が揚幕から橋掛かりを移動するとき、そこには、時間空間を超越したドラマがある。

人の一生を暗示することもあるし、はるかかなた海を越えた大陸への道のりでもある。


そういったドラマ性を生み出すすり足は、足の裏を床に擦り付けることによって生み出される。

負荷だ。


さて今回の「詩×劇」。

我々にとって疑似体験可能なこともあれば、そうでないところもある。

特に挿入された旧作はなかなか手ごわい言葉である。

しかし、そこにこそ現代劇としての可能性があり、俳優の身体性を強烈に打ち出した新たなドラマがあるのではないか、と模索してきた。

「詩の礫」と旧作の構成は、多様になっている現代劇に新たな可能性を提示できるのではないかと考えている。

# by yugikukan | 2011-06-08 23:00 | 日記
2011年 06月 06日

和合亮一さんとの再会

来月の「詩×劇 つぶやきと叫びー深い森の谷の底で」の本番の前ですが、和合さんは演出者協会の「被災地の舞台芸術を支援する フェニックスプロジェクト」にゲスト出演し「詩の礫」を朗読した。そこで久々の対面。元気そうで安心した。

和合さんが語った震災直後の絶望、そこから生まれてきた言葉の礫、そして、それが「詩の礫」となったいきさつ。

稽古場での作業と照らし合わせながら、和合さんの感動的なパフォーマンスに聞き入った。

作者自ら語るほぼ一人称の「詩の礫」、それを俳優が語るときにリアリティは獲得できるのか、その問題は作者の朗読を聞き、こちらのはらの据えどころがなんとなく見えてきた気がする。

和合さんの投げた礫は、我々の心を大きく揺さぶった。

そして、その言葉は波紋を呼んで、大きく広がってゆく。

なぜ、「詩の礫」はこれほど人の心をとらえるのか。

我々の心の中に眠っている言葉を見事に和合さんは、シンプルな言葉にしてみせたからではないか。

誰もが感じたこの国の、郷土の行く末、生きていくうえでの不安感、そうことを象徴的なフレーズにして、和合さんは投げつけてきた。

それを受け取った私たちは、和合さんのつぶやきをいたるところでつぶやき返しはじめた。そしていつの間にかつぶやきは大きな叫び声に変わっていく。

そういった社会現象を含めた舞台空間が展開されるべきではないか。


その現象も含めて我々の今生きる時代を描けないか。

明日からの稽古は、和合さんにもらったエネルギーを手掛かりにさらに盛り上げていきたい。

# by yugikukan | 2011-06-06 02:06 | 日記
2011年 06月 01日

和合亮一氏日曜日に東京で

和合亮一さんが、今度の日曜日6月5日、14時から、笹塚ファクトリーという小劇場で、詩の礫を朗読します。

日本演出者協会の主催する「フェニックス・プロジェクト」という東日本大震災被災地の文化舞台芸術を支援する事業です。そのなかでの出演です。

ほかに被災地の舞台芸術家のトーク、ひとみ座、江戸あやつり人形などお子さんにも楽しめる演目や、「この子たちの夏」を語っていた「夏の会」の朗読などもあります。

ぜひお出かけください。

詳しくは、日本演出者協会 03-5909-3074まで。

# by yugikukan | 2011-06-01 10:02 | 日記
2011年 05月 30日

稽古開始

ともかくも稽古は始まった。

29日(日)夜、稽古場に行く前に、自宅に届くはずだったチラシの配送を待つがとうとう来ず、時間切れとなって稽古場へと向かう。震災影響か。

初日は、私にとっての恒例行事、演出プラン、舞台美術プランの発表。

ここで参加者にひとつの方向性を与えられるか、モチベーションを高め、人の和を形成できるかが問題。

それから早速、読み合せをする。

聞いていると、詩劇特有の、俳優がどう文体を読んでいくか、という問題がやはり出てきた。

言葉を自分のであるかのように表現してはいけない、自分に引き寄せてはいけない、では、どう正当化するのか。

俳優のセリフは、まあ我流でやってもなんとかなってしまうことが多いが、その曖昧さを詩は拒絶する。

文体の中に生きる術を見出さなければ、活路を見いだせない。

その判断の基準はいたってシンプル。

見ている私たちが、「あっそれだ」と感じられるところに表現が辿りつたかどうか。

先の見えない作業だが、それを乗り越え文体と融合した表現にたどり着いたとき、自他共に感動する瞬間が訪れる。

さあ、はじめよう。

# by yugikukan | 2011-05-30 07:43 | 日記
2011年 05月 28日

体がいくつあっても足りない

【観劇】

俳優座プロデュース公演「東京原子核クラブ」作:マキノノゾミ 演出:宮田慶子 於:俳優座劇場


稽古初日寸前。

メチャクチャ忙しい。

時間がもっと欲しい。

なまった体のケアは早朝のヨガメニュー復活をさせてみた。

食事にも気を使う。三食のうち、炭水化物の量を夜に向かってだんだん減らしていく方法。

深夜は食事をしないようにする。

稽古が始まってもこの状態を維持できるか。

しかしながら、東京に住む者の愚かな心配である。

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さて、今回の公演は、久々の「詩×劇」、五年ぶりです。

そもそも和合亮一氏、高貝弘也氏らの現代詩と出会い、現代劇への可能性に注目したのが、1996年のことでした。

俳優が言葉を発するとき、それは体との関係をどう築いていくかということがとても大切です。

呼吸との関係で言葉と向き合う、その関係がきちんとしておれば、俳優の密度の濃い演技が可能となります。

逆に言えば、そこに踏み込んでいない演技は、俳優の個人的な発散のレベルにとどまるでしょう。


「つぶやきと叫びー深い森の谷の底で」では、原発に苦しむ福島第一原発にほど近いところから発信された詩人和合亮一氏の言葉をテキストにして、演劇をつくります。

ツイッターに発表された言葉は、鮮度が高く、というよりも福島で実際に起こっていることが描かれているので、演劇として我々が声にする時に、そこに書かれた現実とどう向き合い、舞台として成立させるか、というハードな課題があります。


しばらく前に、和合さんのツイッターの詩をはじめて見たとき、ただならぬものを感じました。

かつての伸びやかな、時に激しく、時にやさしく、そして、いつもどこかにチャーミングな笑いを忍せていた、和合さんの言葉が、まるで放射能汚染されたかのような痛々しいものに変わっていました。


今でも多くの方々が苦しんでいます。

しかし、わたしだけではできることに限界があるし、震災の爪痕を見れば、効果的な援助など出来ようはずはありません。


舞台の上で言葉を発してみればどうなるか。それを聞いた人たちがつかの間の安らぎを感じることができるかもしれない。微かなでも勇気や希望を感じることができるかもしれない。

そんなことしか、今の私にはできない。
そんなささいなことでもできるなら、やってみたい。


言葉は劇場を超えて、遥か彼方の傷ついた方々へのメッセージになりうるか。


非現実的ではある。しかし、非現実的であっても、何かを信じて舞台の上で生きてみる。

そういったことがどこまでできるか。

いよいよ、明日から稽古が始まります。

# by yugikukan | 2011-05-28 12:48 | 日記