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幕間のメモ帳

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2011年 05月 20日

体力の衰えをどうするか

比較的体力には自信があったのですが、どうも寄る年波でいろいろと衰えを感じることが、あります。左の肩が固まったようになり、動きにくく、三味線の練習が長続きしないのには閉口してしまいします。

不摂生もあるのでしょう。体調管理の大切さが身にしみます。

人間の能力は使わなくなると落ちてきます。

かつてはダンスなどもやり、かなりハードな身体の使い方をしていましたが、最近の仕事が演出にかなりシフトしていることもあり、身体能力の衰えは否めません。



【最近の観劇】

5月12日(木)前進座創立80周年記念公演「唐茄子屋 口上 秋葉権現廻船噺」 於:国立劇場

5月14日(土)劇団銅鑼「はい、奥田製作所。」作:小関直人 演出:山田昭一 於:板橋文化会館

5月19日(木)はすいけタイムス+オーガニックシアター提携公演「ベント」作:マーティン・シャーマン 翻訳:青井陽治 演出:ナガノユキノ 出演:蓮池龍三、椎原克知、ほか 於:座・高円寺2


# by yugikukan | 2011-05-20 08:49 | 日記
2011年 05月 19日

南相馬にいく 3

南相馬についたのが、東京から出発して6時間半後。

途中、飯舘で迷ったのだが、やはり遠い道のりだった。

友人のYと再会。

無事でよかった。

懐かしい話を少しした後、津波被害にあった街を訪れる。


もはや言葉にはできない風景が、二ヶ月あまりたった今でもそこにはある。

道路は確保されているが、瓦礫となってしまったかつての町のなごり、破壊された生活がいたるところにうずたかく積まれている。

ものすごい臭いがしている。


画で見た風景が目の前に広がっているが、果たしてこれが現実なのか、にわかに受け入れがたい自分がいる。

SFXの映画を見る同じテレビに映し出されていた災害の映像。

その映像を私はいったい何を感じながら見ていたのだろうか。

フィクションとノンフィクションの境界があいまいになっている。

身体の痛みの痛みをどれほど感じ取ることができるのか、心の痛みをどれほど感じ取ることができるのか。


泥をかぶった新しい家々に骨だけになったビニールハウスを多く見た亘理、道路がガタガタになった相馬港、駅が流されホームをつなぐ陸橋だけが残っている新地、海苔の養殖が盛んだった松川浦。

その街のどこもが瀕死の動物のようにじっと黙って、苦しみに耐えているかのようだった。


そこにはどれだけの涙が、叫びがあるのか、もはやそれを聞きとめるだけの心と身体は僕はない。

言葉を失い、ただただ祈るばかりである。

何に祈るのか。


折れ曲がった電信柱がいくつも道路のわきに倒れていたが、その一方、新しい電信柱が、空に向かってまっすぐに伸び、泥の色をした道路に延々と続いている。

まだまだ先は長いのだが、小さな復興の兆し・・・。
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懸命な仕事が行われている。感謝。


私は今、ただ黙礼することしかできない。

# by yugikukan | 2011-05-19 08:52 | 日記
2011年 05月 18日

南相馬市に行く 2

高速常磐道をいわき方面へ。

出発から約一時間半、8時ごろ、友部Pで休憩をとる。

茨城県日立のあたりだろうか。右手に海が見える。

津波をもたらした海。

これから向かう地へと続く海。何か敬虔な気持ちなり、音楽をとめた。

いわきジャンクションから磐越道にはいり、小野出口でおりる。11時ごろ。

349号線を川俣に向えとの指示だったが、ナビが右折を促す。

地の利のない私は、そこで曲がってしまう。

山道。ヘアピンカーブを上がったり下がったり。

そこは放射能レベルが高く、避難区域にしていされた飯舘(いいたて)村だった。

まばらな人家にも人の気配はない。

「立入り禁止」の看板で慣れぬ山道を迂回するうちにどんどん道に迷ってしまう。
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南相馬で待つYと連絡をとろうとして携帯をかけるが、山の中で圏外。メールは送信保留になる。

携帯のつながらない状況にあの日の記憶がよみがえる。

少し行くと、前方に三人の警察官。
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「防護マスク」「ヘルメット」。若い一人のヘルメットには「北海道警察」の文字が。

その北海道警察官とおぼしき人が、言う。

「ここからは入れませんよ」

「南相馬に行きたいのですが」

「あちらの方面へ行って県道12号線に出てください。南相馬に行く道はそこしかありません」

車の窓を閉めてUターンする。

あ、窓開けちゃった!

放射性物質吸い込んじゃったかな・・・。

山道を登っていると視界がひらけた場所があった。
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飯舘村を眺望する。

新緑が美しい。

しかし、そこには飛んでいる。

見えない恐怖、放射能。

途中「災害支援」の旗をつけた自衛隊のジープと何度もすれ違う。

山道も地震の影響で時折、道路が陥没したりして、注意を促す目印が立っている。
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県道12号線にやっと出る。

12時を過ぎていた。携帯がつながり、12号線から直進、南相馬へ向かうと告げる。

# by yugikukan | 2011-05-18 08:13 | 日記
2011年 05月 18日

和合亮一「詩の礫」の舞台、南相馬市に行く

詩×劇公演を控え、一度行かなくてはと考えてた南相馬行。

しかし、「公演のため」という但し書きのついた被災地訪問には、後ろめたいものがあり、躊躇していた。

いったいこの事態を表現者としてどう受け止め、そしてどういったことが表現可能なのか、考えていた。

東京に住む私に南相馬市を語る資格などあるのか。

そんな折、南相馬に住むかつての生徒から連絡があった。

快活な奴だったが、その元気がなく、風邪をひいたといっていても、どうもそればかりではないような気がした。

電話で話した後、私と話して「元気が出た」とメールがきた。

「詩の礫」を読み、感動したとも。

東北の災害を考えるに私に出来ることはあまりにも小さい、ないに等しい。

しかし、そこにいる不特定多数の方々には無力であっても、知人ひとりは勇気づけることぐらいなら出来るのではないか。

ともかく行ってみよう、南相馬へ。

「今私が行くと観光になっちゃうよ」

「観光でもいいから来てほしい」

「わかった、じゃあとにかく行ってみる」

というわけで日曜日の早朝、わが愛車ワゴンRで遠路、福島南相馬市へと向かう。

# by yugikukan | 2011-05-18 07:18 | 日記
2011年 04月 27日

突然の訃報

劇団JIBAの女性が急逝した。

つい先日も元気で稽古に来ていたのに。

心筋梗塞だそうだ。

彼女はその劇団では最年少、といっても私の母と同じ年。

「最年少が母親と同じ」は今まで笑い話だった。

そんな劇団の中で先輩に「戦前の教育を受けていない者はだらしが無い。」とお叱りをよく受けていた。

お芝居は決してうまいとはいえなかったが、マイペースで人生を楽しんでいる感じがよかった。

芝居のほかにもタップダンスをなさっていて、6月に舞台を控えていた。

お酒が好きで、地震の日には電車が動かないからと、メンバー4人で朝まで飲んでいたそうだ。

息子さんが二人、ご長男は銀行、ご次男は、大手電器メーカーで、ドバイで働いていたとか。

楽隠居である。

よく海外へも旅行に出かけ、稽古を休んでは先輩にチクリとお小言をもらっていた。

そんな時、私に向かってこっそりとペロリ、舌をだしておどけてみせた。

サッカーがお好きで、試合は家族全員でジャパンブルーのユニホームを着てテレビ観戦。

ユニホームを着ないと食事抜きというペナルティが課せられるとか。

天真爛漫な方だった。

あまりに突然のことでなんとも言葉を失う。

明日告別式に行く。

夢ではないのだと気づかせられるのか。

# by yugikukan | 2011-04-27 11:46 | 日記
2011年 04月 22日

詩×劇 やります

和合さんの詩による遊戯空間公演「詩×劇」を7月に行います。

制作は現在、ハイスピードで進行中です。



思い返せば、遊戯空間と和合さんの出会いは、今から15年前、
なんでも小屋NGOMAという武蔵小金井にあるフリースペースで「波打際の文字~現代詩の突出を繰返す~」という公演ででした。

そのときは、私は俳優として出演し、和合さんの「ハンディ」という詩を読みました。


   昼間の入浴は湯水に花切りバサミが浮かぶのです
   昼間の入浴は湯水に花きりバサミが浮かぶのです
   夏が終わると中指の道路で画用紙が燃えるのです


なんともあざやかな詩行に圧倒され、和合言語に一同魅了されました。

98年、和合さんの1000行詩「AFTER」(現在「入道雲」のタイトルで発刊)をデルタミラージュというスペースで公演しました。


   ハイウェイを濡らす僕の死後の雨
    臨死の景色 それは僕の死後にきみが見る テレヴィではないだろうか


冥王星に生きているかもしれない兄弟と通信するという切ない物語です。


この頃には、遊戯空間以外での和合さんとのコラボレーションが二度ほどありました。

青木雪絵と篠本が、和合さんと奥さんのATSUKOさんとコラボレーションした「THE RAINBOW」は、和合さんの演出で楽しい作品になりました。


03年、青木雪絵が亡くなると、すばらしい詩が和合さんより寄せられました。
その詩は、遊戯空間のホームページで読むことができます。


遊戯空間再出発の作品は、「あらゆるものからせみが生まれてしまえあらゆるものは脱け殻になってしまえ」でした。「誕生」という詩集をテキストに、本を小道具に使い、好評を得た作品になりました。

青木雪絵を追悼するこの公演に福島から駆けつけてくれた和合さんでしたが、詩から連想されるイメージとご本人のイメージがずいぶん異なり、あまりに明るく楽しい人柄に出演者が驚いていたことが思い出されます。

続いて「詩×劇 世界が脳になってしまったので少年は左に回らない」を上演。
これは、和合さんの初期の作品と最新詩集「地球頭脳詩篇」をテキストにした上演でした。


5年ぶりの詩×劇。

和合さんの言葉は、俳優を躍らせます。

今回の企画に協力してくれる俳優も次々に名のりをあげてくれています。

さて、今回の作品は、どんなものになるのでしょうか。

# by yugikukan | 2011-04-22 09:08 | 日記
2011年 04月 13日

和合亮一さんのツイッター 

詩人和合亮一さんは福島に住んでいる。

震災以後、かの原発事故で生活は一変した。奥さんとお子さんを山形に避難させ、放射能の危機に直面しながら、詩人は言葉を石礫のように書き続けている。

@wago2828

にその言葉は貯蔵されていく。


和合さんの詩が好きでした。

でも今、彼の言葉に凄みが増して、驚くばかりの詩が生み出されています。



ここにその一部を紹介したくなりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 放射能が降っています。静かな夜です。

 
 だいぶ、長い横揺れだ。賭けるか、あんたが勝つか、俺が勝つか。けっ、今回はそろそろ駄目だが、次回はてめえをめちゃくちゃにしてやっぞ。

 
 横に揺れる幅が相変わらずに大きい。何かに乗っているような心地になる。馬の背中が地だとすれば、私たちは騎手。悲しい騎手。


 茶の間の時計と本棚の小さな時計が2時46分を指したまま、激しく転がっていた。その後に駅に行ったが、巨大な時計がやはり2時46分を指したまま、止まっていた。明日は2時46分に目をつむろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
詩の礫
 
 あなたはどこに居ますか。私は暗い部屋に一人で言葉の前に座っています。あなたの言葉になりたい。
 あなたはどこに居ますか。私は閉じ込められた部屋で一人で、言葉の前に座っている。あなたの閉じ込められた心と一緒に。
 世界はこんなにも私たちに優しくて、厳しい。波は今もなお、私たちに襲いかかろうとしている。あなたはどこに居ますか。私たちの寄る辺はどこ?
 
 南相馬市の夏が好きだった。真夏に交わした約束は、いつまでも終わらないと思っていた。原町の野馬の誇らしさを知っていますか?
 南相馬市の野原が好きだった。走っても走ってもたどりつかない、世界の深遠。満月とススキが、原町の秋だった。
 南相馬市の冬が好きだった。少しも降らない冬の、安らかな冷たさが好ましかった。原町の人々の無線等の自慢話が好きだった。
 
 あなたはどこに居ますか。あなたの心は風に吹かれていますか。あなたの心は壊れていませんか。あなたの心は行き場を失ってはいませんか。
 私は見えない影に打ち震えています。それは真昼の影? 心の影? 退避命令? 言葉の影?
 命を賭けるということ。私たちの故郷に、命を賭けるということ。あなたの命も私の命も、決して奪われるためにあるのではないということ。

 生まれ育った山河には何の罪もない。変わらない起伏は原町の心そのもの。今また、南相馬市を避難していく人々の思いのやりきれなさは、涙しかない。

 馬のいななきは何も変わるまい。夜ノ森の桜は何も変わるまい。潮鳴りはがれきを悲しく濡らしながらも、時を削らない。

 お願いです。南相馬市を救って下さい。浜通りの美しさを戻して下さい。空気の清々しさを。私たちの心の中には、大海原の涙しかない。

 私は一人、暗い部屋の中で言葉の前に座っている。あなたはどこに居ますか。言葉の前に座っていますか。

 言葉の後ろ背を見ていますか。言葉に追い掛けられていますか。言葉の横に恋人と一緒にいるみたいに寄り添っていますか。それとも言葉に頭の上から怒鳴られていますか。

 僕はあなたです。あなたは僕です。

 僕はあなたの心の中で言葉の前に座りたいのです。あなたに僕の心の中で言葉の前に座って欲しいのです。生きると覚悟した者、無念に死に行く者。たくさんの言葉が、心の中のがれきに紛れている。

 僕はあなたは、この世に、なぜ生きる。僕はあなたは、この世に、なぜ生まれた。僕はあなたは、この世に、何を信じる。

 海のきらめきを、風の吐息を、草いきれと、星の瞬きを、花の強さを、石ころの歴史を、土の親しさを、雲の切れ間を、そのような故郷を、故郷を信じる。

 2時46分に止まってしまった私の時計に、時間を与えようと思う。明けない夜は無い。

 詩の礫(シノツブテ)
 覚書1 一週間のうちに、全てを奪われてしまったような気持ちになりました。車で暮らし、避難所で暮らし、余震と放射能に脅え、これが被災の真顔であると実感いたしました。

 覚書2 家族は遠い街に避難をさせました。ここまで終わり何かを覚悟しました。この時、ガレキのようなものを吐き出したいと思いました。怒りと悲しみしかありませんでした。

 覚書3 死を意識した時、昂然と何かが湧き上がりました。少しだけ誘われてやってみたツイッターを開きました。2時間、書き続けました。

 覚書4 翌日(17日)、様々なフォローとメッセージと励ましの連絡をいただきました。消息不明を知人や全国の詩人たちがとても心配してくれていました。なんとも役立たずの人間と思っていたのに、私には消息すら伝える力がなかったのです。

 覚書5 ご心配をおかけした方々に深くお詫びします。そしてツイッターの言葉たちによって、ガレキの世界に立つ決意を持ち始めました。

 覚書6 非力な役立たずの僕に出来ることは、それでも、詩を、言葉を書くこと。そんなふうに大きく変わっていきました。

 覚書7 混迷している精神状態の私を、全国の詩人のみなさんは本当に心配してくれました。本当にありがとうございました。良く分かりました。私は一週間前の2時46分から、ずっと眠っていました。眠れないのに。

 覚書8 フォローは2日目で700件に近づこうとしていて、これが大きい数なのか少ないのか分かりませんが、数え切れないほどのダイレクトメッセージの中に「力をもらった」という言葉がある限り、もう一度、自分をやり直してみようと思います。

 覚書9 私の書いたものをについて、精神状態を心配して下さる方もずいぶんといらっしゃるので、ルールを決めさせていただきたいと思います。これまでの詩に近づけた呟きを「詩の礫」とします。これは詩なので、ありのままに書きますが、言説に狂気と理性とが絡み合います。心配をしないで下さいね。

 覚書10 「詩の礫」の前後に、これからはきちんと前書きか後書きを書きます。これを「前記」とか「後記」などと断ります。こちらを前か後に読んで、和合は大丈夫なんだと安心して下さいね。

 覚書11 「覚書」は、「詩の礫」と「前記・後記」の真ん中で、レフリーのようなものです。これから先に用途かあるのか、どうなのか、分かりません。





続く・・・


 

# by yugikukan | 2011-04-13 11:37 | 日記
2011年 04月 07日

隅田川の線香花火 公演中止

稽古進行中だった

劇団青雲舎旗揚げ公演「隅田川の線香花火」が

公演中止になりました。


しかしこれは、この時勢を受けた自粛による中止ではありません。

作業現場でどうしても前へ進むことができなくなった事態が起きてしまったからです。


真相は当事者の数だけあるでしょう。

ですから私個人の見解をここで述べることは控えます。


ただし、

「隅田川の線香花火」は近いうちに上演します。

必ず。


どうかその日までお待ち下さい。

# by yugikukan | 2011-04-07 16:30 | 日記
2011年 03月 29日

知っておきたいこと

地震そして津波。

震災後、現地の方々の信じがたい状況が伝えられている。

しかし、問題はいま、原発の放射能汚染という恐怖が重なって、さらに深刻な状況になっている。

このやっかいな代物を私たちは放置し、役人や政治家の意のままにさせてきてしまった。

私たちの平和ボケのツケということだ。

しかし、もうこのままでは未来はない。

子孫にまで放射能汚染という忌まわしいもの残してしまったのだから。

明治維新、太平洋戦争敗戦につぐ、日本リセットの時代に入ったということか。

生き抜かねば。

今、知っておきたいこと。ご参考までに。

・原発の現場で働いていた方の手記「原発がどんなものか知ってほしい(全文)
 http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html
 ・・・原発で長い間働いていた方の命がけの告発

・YouTube  
  「ニュースの深層3/17(木)「福島原発事故 メディア報道のあり方」
    原発について啓発を続けていた広瀬隆氏の発言。

・武田邦彦氏のホームページ
 ・・・原発の危険性、その対策を市民の目線で解説

・広瀬隆氏著「原子炉時限爆弾~大地震におびえる日本列島~」ダイヤモンド社刊 1500円
 ・・・地震災害における原発の危険性を警告したのだが、皮肉にも発売前に現実になってしまった

・広瀬隆氏著「二酸化炭素温暖化説の崩壊」集英社刊
 ・・・地球温暖化によるエコロジー運動は原子力推進派に捏造されていたのか?!

# by yugikukan | 2011-03-29 11:59 | 日記
2011年 03月 29日

3月11日金曜日午後2時46分以後

【最近の観劇作品】

2月19日(土)わらび座公演 『カンアミ伝~血と祈りの花~』演出:中村哮夫、作・作詞:高橋知伽江、美術・衣装:朝倉摂、音楽:飯島優、於:シアター1010

2月26日(土)劇団銅鑼公演『カタクリの花の咲く頃』作:栗木英章、演出:山田昭一、於:俳優座劇場

3月12日(土)劇団東演公演『ハムレット』作:シェークスピア、演出:ベリャコービッチ、於:本多劇場 

3月13日(日)佐々木梅治一人芝居語り公演『にんじん』作:ジュール・ルナール、出演:佐々木梅治、於:板橋グリーンホール 

3月14日(月)フォーシーズン公演『紙屋悦子の青春』作:松田正隆、演出:西方昴、於:武蔵野芸能劇場

3月16日(水)三月大歌舞伎・中村歌右衛門追善『恩讐の彼方に』『伽羅先代萩』『曽我●侠御所染』於:新橋演舞場

3月26日(土)流山児事務所『卒塔婆小町』作:三島由紀夫、演出:北村真実、於:Space早稲田



時代は新しくなった。新しくなどというと何か輝かしい印象を持ってしまうのだが、今のところそうではない。むしろ不安に満ちた幕開けだ。

3月11日夕方、先まで稽古をしていた生徒(といっても御歳85歳のご婦人お二人)を自宅まで送り届けるべく車を出したが、都内の道路は大渋滞。歩道は帰宅難民で溢れかえり、道路の自動車は走行するのではなく、さながら路上駐車しているような停滞。2時間程度を考えていた行程は結局9時間だった。

地震直後から、電車はすべて止まり、携帯電話、メールも不通になった。

テレビでは、地震に伴う津波の信じられない様子がまるで映画でも見せられているような具合に次々に流れてくる。

そんなおり、震災翌日からなぜか劇場に足しげく通う。

漠然とした不安のなかで、この目で確かめてみたかったのかもしれない。

演劇は行われているのか。

演劇はどうなってしまうのか。

余震におびえながらの観劇だった。


演劇は行われていた。

どの劇場にもお客はほとんど来ていなかったが、そこには舞台から役者が登場し、台詞をはいた。そして動いた。


現在稽古をしている作品2本のために稽古場にも行った。

そこには俳優が集まってきていた。

そして稽古はいつものように始められた。


しかしこれからの劇場は、どうなるのか。

演劇をどう作ればいいのか。

新しい時代の中で。

# by yugikukan | 2011-03-29 10:34 | 日記
2011年 02月 13日

『真景累ヶ淵』公演終了しました

1月の観劇
1月12日(水)新派公演『日本橋』作:泉鏡花、演出:戌井市郎、齋藤雅文 出演:波乃久里子、市川段治郎、高橋恵子、安井昌二、田口守、鴨原桂 ほか 於:三越劇場 



遊戯空間公演『真景累ヶ淵』が終了しました。

上演時間約三時間の大作でしたが、長さを感じさせなかったといううれしい感想も頂きました。
前回の『怪談牡丹燈籠』に続いての圓朝落語の劇化だったわけです。

圓朝の落語を芝居にするという試みは、明治時代の圓朝現役時代からはじまっています。それだけ演劇人を魅了するものがあるということですが、

それを現代劇として展開できるか。それには現代劇とは何か、という問いがまず浮び上がります。

今我々が生きているこの時代に、観客に届くドラマになっていくのか。

まず、圓朝が作品の中に込めたであろうメッセージをどう抽出していくか。

さらに、その作業の過程で、作品世界を自らの小さな枠に押し込め、ゆがめないような視点を持てるかどうか。

そういったことが、まず作品と向き合うときに必要なことでしょう。

今回も稽古のなかで、経験豊富な俳優たちによって、演出者の小さな頭脳から作品世界が解き放たれました。

それらが積み重なって、この劇における方法が追求されていき、本番の舞台では俳優の演技、スタッフの仕事がひとつの様式となって表れたと思います。

演出者としても、シンプルな俳優の演技と空間の関係について今まで考えてきたことを発展させることができたように思えるし、俳優に必要ないくつかの顔を方法化するきっかけを発見できたこと、語りと演技の相関関係についても今後の作業に繋がる課題が見つかったこと、伝統的な手法と現代的な手法の掛け合わせ方にもスタッフの仕事に進歩が見られたこと、また、圓朝口演のテキレジの方法についても落語と演劇のリズムの違いからある感触を得たこと、などなど収穫の多い作業でした。

また「遊戯空間」という集団についても、その存在意義とこれからの展開について、さまざま考えなければならない課題が見つかりました。

この場ですべてを書き留めることはできませんし、その必要はありませんが、

今回の公演、苦労と共に収穫も多かった公演であった事をご報告したいと思います。

御観劇くださった皆様、そして、充実した作業を共にした関係者の皆様、

ありがとうございました。

# by yugikukan | 2011-02-13 10:15 | 日記
2011年 01月 01日

明けましておめでとうございます

一調・二機・三声(いっちょう・にき・さんせい)ー音曲開口初声ー  
世阿弥「花鏡」より

「音曲の謡だしにあたって、一に調子、二に気合、三に発声という三段階の過程があるということ。
管弦の奏でる音の高さを耳で聞き取りながら、それに合わせて気合をこめ、目をふさいで息を吸いためて、その上で声を出せば、謡いだしの声はおのずから正しい音の高さに乗って出るものである。」

新年にあたり、この一年、そして、五年、十年、そして生涯を思い、息を吸いため、動きはじめたいと思います。

# by yugikukan | 2011-01-01 15:23 | 日記
2010年 12月 31日

2010年の主な出来事

3月 泉鏡花作「山吹」演出
   F・アラバール作「戦場のピクニック」演出
5月 三遊亭圓朝作「怪談牡丹燈籠」短縮版演出
   新内幸照に師事、新内の稽古をはじめる
6月 泉鏡花作「眉かくしの霊」演出・出演
7月 日本演出者協会 国際部 部長就任
8月 いたばし花火大会を楽しむ
9月 中津川演劇キャンプにて「絵本太功記」演出・出演
   三島由紀夫作「近代能楽集 邯鄲」演出
10月 国際演劇交流セミナーでイ・ユンテク氏を招聘
11月 新内発表会で初舞台をつとめる
   第五回 高校生映画コンクール 審査委員

あっという間の一年でした。もしかしたら生涯一番短く感じた一年かも。
たくさんの方と出会いました。

お世話になった皆さん、ありがとうございました。

良いお年をお迎え下さい。

# by yugikukan | 2010-12-31 23:59 | 日記
2010年 12月 10日

稽古がはじまり

【今週の観劇作品】

12月2日(木)好村俊子プロデュース〈鷹〉公演『幽玄の世界への誘い No.2』作:三島由紀夫(近代能楽集) 演出:小林拓生 於:近江楽堂 

「真景累ヶ淵」の稽古も十日が過ぎました。大作なだけに稽古も大変ですが、出演している俳優のチームワークはなかなかいいので、今後の展開が期待できます。

5日(日)は稽古が休みでしたが、再び茨城県常総市の法蔵寺へ、今度は皆でお詣りに行きました。
女優A曰く「三日分生きた」ような中身の濃い一日でした。

 

# by yugikukan | 2010-12-10 08:26 | 演劇 
2010年 11月 29日

真景累ヶ淵稽古開始

【今週の観劇作品】

11月22日(月)アリストパネスカンパニー公演『タイピンにおける死』作・演出:黒川欣映 於:スタジオAR

11月26日(金)P-カンパニー公演『アリスの帽子屋さんのお茶会』作:別役実 演出:小笠原響 於:スタジオP


もっと観たい芝居があったのですが、稽古開始直前で不義理をたくさんしてしまいました。残念。

28日(日)2010映画甲子園の審査をする。全国の高校生の製作した映画が集まり、優秀賞を決める。高校生の瑞々しい感性に感動した。初心忘れるべからずですね。

そして、いよいよ29日から遊戯空間公演の稽古がはじまります。
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# by yugikukan | 2010-11-29 01:17 | 演劇